研究概要

私たちは様々なものに囲まれていますが、それらの多くは有機化合物により構成されています。 また、一見有機化合物と関係ないようなものも、その製造過程で有機化学反応が利用されていることが多くあります。 このように有機化学は私たちの身の回りのあらゆる分野で重要な役割を果たしています。

ところで有機化学とはどのような研究分野でしょうか。

厳密に定義するのは難しいのですが、簡単に言うと主にC、H、O、Nの元素からなる化合物を扱う分野といえます。 これら僅かな種類の元素を自在に組み替えて、無限の可能性を持つ様々な物質を合成することを研究するのが有機合成化学です。

有機合成化学研究室では、環境に優しい有機合成反応の研究や、それらを利用する生産・リサイクルプロセスの開発など、 基礎から実用に渡る環境負荷を低減するための総合的な研究を目指しています。

自分の手の中で化合物を少しづつ組み立てていくことはエキサイティングで面白いものです。是非自分で体験してみてください。

環境に優しい光を利用する有機化学反応の開発

光を用いると電子励起状態という、熱反応(振動励起状態)とは異なる活性化状態から反応が起こるので、熱とは異なる反応を起こしたり、反応効率の向上を図ったりすることができます。
当研究室では光エネルギーの優れた特徴をうまく利用して環境に優しい有機光化学反応を開発しています。

1.太陽光を用いる有機化学反応

太陽光は究極の環境に優しいエネルギー源と言えます。そこで、太陽光を用いる光反応により有機合成的に利用価値の高い反応の開発を行っています。 太陽光は人工的に得られる紫外線と比べて得られるエネルギーが低いので、太陽光を利用するためには工夫が必要です。 有機テルル化合物を用いると効率良く太陽光による有機化学反応を起こせることが判ったので、テルル化合物を用いる様々な有機化学反応の開発を行っています。
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太陽光を用いる有機合成反応

2.過酸化水素を用いる炭素-炭素結合の形成

有機化学では炭素-炭素骨格の構築は重要な反応で、様々な方法が開発されてきました。 その中に炭素ラジカルを用いる反応が有り、広く用いられているイオン反応とは異なる特徴を持っています。 従来のラジカル反応は、高温、長時間、毒性の高い化合物の利用等の問題を抱えていました。 そこで、光と過酸化物を用いることにより、室温で短時間の内に効率良くラジカル反応により炭素-炭素結合を形成する方法を開発し、 現在その反応を様々な化合物に利用できるようにする研究を行っています。
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光と過酸化物を用いる炭素-炭素結合の形成
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光照射装置

3.フラーレンを増感剤とする有機光反応

C60フラーレンの化学修飾により様々なアリール基を持つアジリジノフラーレンを合成すると、 アリール基の立体障害により励起状態を通常の三重項状態と分子内電荷分離状態との間で切り替えられることを初めて見出しました。 この特異なC60フラーレン誘導体を利用した有機合成反応の開発を行っています。
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化学修飾によるC60フラーレンの励起状態の制御

担持試薬を用いた高効率有機合成反応の開発

1.マイクロウエーブ(MW)を用いた反応

マイクロウエーブ(MW)を用いた物質の加熱は、熱伝導により外部から徐々に内部が加熱される外部加熱と比べて物質の温度上昇が早く加熱時間の大幅な短縮が可能となります。 このことを利用して近年MWを利用した有機合成反応の報告が多くなされていますが、我々はMWと担持試薬を用いることで、様々な反応の迅速かつ簡便な合成手法の開発を試みています。 担持試薬を用いる我々の手法では反応を無溶媒で行うことも可能であり、 溶媒使用量の低減や触媒の再利用が可能になるなど環境調和型有機合成手法としても期待されるものです。

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MW反応装置

2.担持試薬を用いたワンポット合成

シリカゲルやアルミナは表面に沢山の穴があいています。この穴の中に反応に用いる試薬や触媒を分散させたものを担持試薬と呼びます。 担持試薬をもちいた反応の特徴は従来行われていた反応に比べると、反応の加速化、反応の制御(位置選択的・立体選択的)、再生再使用が可能である、などがあげられます。

当研究室では、今まで担持試薬の特徴として注目されていなかった「反応が穴の中で進行している」という特徴に着目して、新しい高効率有機合成反応の開発を行っています。 例えば、酸と塩基は混ぜると中和してしまうために今まで同一の反応容器内で酸触媒、塩基触媒として用いることが不可能でしたが、酸と塩基をそれぞれ別の無機固体の穴の中に存在させて担持試薬試薬として用いると、 同一の反応容器内に入れても酸と塩基はお互いに接触しなくなるために共存することが出来ることを発見し、酸・塩基共存反応系を初めて開発し、医薬や生理活性物質を従来よりも高効率で合成することに成功しています。 また、この特徴を応用して今まで一つの容器内で一つしか反応できなかったところを、一度に連続した三つの反応を行うことにも成功しました。 担持試薬を用いて複数の反応を同一容器内で行う利点は、以下の4点です。

  1. 操作回数を減らすことが出来る
  2. 反応にようする時間、溶媒、エネルギーの節約が可能である
  3. トータル収率が向上する
  4. 反応後ろ過だけで試薬と触媒を分離できる(金属廃液を出さない。環境に優しい。)

これは現代有機合成に求められている事柄を克服するものであり、この研究の発展は地球環境保護に大きな影響を与えるものです。

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ワンポット多段階反応

環境調和型プロセスと材料の開発

光を用いる製造プロセスや材料改質、リサイクルプロセスの開発を行っています。

1.光化学反応による各種材料の表面改質

素材が持つ本来の性質を保ったまま、その表面の化学構造だけを変えることで新たな機能を持たせる技術の開発を行っています。 例えばポリエステルの染色性を高めるために、ポリエステル表面に染料との親和性の高い化学構造を光化学的に導入すことで普通の染色法でも染めることができるようにする手法を開発しました。 光を用いる表面改質技術はこの他にも様々な材料や目的に用いることができます。
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光表面改質実験
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光処理後のポリエステルの染色試験(青色に染まった部分が光処理部分)

2.リサイクル技術:混紡分離

繊維製品では異なる素材の良い点を併せ持つ素材を得るために混紡という技術が用いられています。 特に木綿の高い吸湿性とポリエステルの形態安定性を併せ持つ素材としてポリエステル綿混紡が多く用いられています。 この混紡製品のリサイクルを行うためにはポリエステルと綿を分ける必要がありますが、簡単な分離法が無く繊維業界での長年の懸案となっていました。 そこで簡単な分離法を開発し、実証試験によりこの技術の有効性を確認しました
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混紡分離技術

3.光を利用する環境に優しい漂白技術

商品となる真っ白な綿布を生産するためには漂白は必須のプロセスです。 しかし従来の綿布の漂白は塩素系薬剤を用いる長時間の高温プロセスにより行われているため、環境への有機ハロゲン化合物の放出と大量のエネルギーを消費する問題を抱えていました。 そこで、室温での光照射による完全ハロゲンフリープロセスを開発しました。この技術を基に小規模生産装置の作成と実証試験を企業と行い、 この光漂白プロセスにより従来法と同等の品質の製品が従来法の約半分のエネルギー消費で得られることを実証しました。
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布の光漂白小規模生産装置(実証試験)