2.8 相平衡関係式と溶剤選定の実際

           日本大学理工学部 栃木勝己

1.はじめに

 抽出分離プロセスの溶剤選定を考える際、基礎となる物性に液液平衡や固気平衡などの 相平衡がある。本節では、先ず相平衡関係式を示し、次に溶剤選定の実際をエタノ−ル水 溶液の脱水を例として述べることにする。

2.相平衡関係式1)

 エタノ−ル〜水系の気液平衡(101.3kPa)を図1(a)に示す。エタノ−ル〜水系はエタノ −ル濃度が89.3モル%のところに共沸点を有しており2)、この分離を抽出で行うには通 常の液液抽出や超臨界流体抽出などが考えられよう。  さて、相平衡の条件は、フガシチ−fiを用いる次式で与えられる。
fi(T)=fi(U)=fi(V)=・・・・・            (1)
ここで、フガシチ−はフガシチ−係数を用いると式(2)で
fi=(fai)iyiP                    (2)
また活量係数を用いると式(3)で表される。
fi=rixiPiS                     (3)
通常の液液抽出計算は2つの液相に式(3)を適用し、活量係数をWilson, NRTL, UNIQUAC 式などで計算したり、ASOGやUNIFAC3)で推算して行うが、超臨界流体による抽出分 離では圧力が高圧になるので、Peng-RobinsonやSRK状態式と混合則(簡易型、過剰自由 エネルギ−型)を用いるフガシチ−係数の算出法が広く使われている。

3.抽出プロセス4、5)

3.1 液液抽出

 次に物質(A)と原溶媒(B)よりなる原2成分系を抽剤(C)を用いて液液抽出する 場合の溶剤選定を考えると、溶質Aの分配係数mAは次式で与えられる。
mA=xA(C)/xA(B)                          (4)
ここで、xA(C)、xA(B)
は抽剤相および原溶媒相中の溶質のモル分率であり、溶質の分離にはmAが1より大きいことが必要である。次に選択度(beta)A,Bは溶質Aの分配 係数mAと分配係数mBの比で定義される。
(beta)A,B=mA/mB=(XA(C)/XA(B))/(XB(C)/XB(B))   (5)
選択度(beta)A,Bは抽剤CがAとBを分離する能力を示す値であり、効果的な分離には1よ り十分に大きい値が要求される。さて、液液平衡式を用いると、 mAと(beta)A,Bは活量係数を用いて次式で表される。
mA=rA(B)                       (6)
(BETA)A,B=(rA(B)/rA(A))/(rB(B)/rb(C))    (7)
また溶質Aのモル分率が十分希薄であり、かつ原溶媒Bと抽剤C間の相互溶解度が十分に 小さいときにはrA(B)rinfA(B)rA(C)rinfA(C)rB(C)rinfB(C)となるので次式となる。
mA=rA(B)/rA(C)             (8)
(beta)A,B=rA(B)rB(C)/rA(C)            (9)
ここでrinfはすべて2成分系中の無限希釈活量係数である。上式でrinfB(C)は原溶媒に依存するので、 rA(C)が小さいときにはmA、(beta)A,Bとも大きくなる。  エタノ−ル〜水系に4種の溶剤を添加したときの分配係数と選択度のASOG3)による推算結果を図2に示す。 図を見ると、mA、(beta)A,Bとも1より大きい溶剤もあるが、 4.1節で示すように、エタノ−ル水溶液の分離に液液抽出で行う適当な溶剤は見つから ないようである。

3.2 超臨界流体抽出

 超臨界流体抽出の溶剤選定も、原理的には液液抽出と同じように分配係数と選択度を考 えればよいが、プロセスが高圧下で行われるため、相平衡計算は状態式を用いて行われる ことが多い。最近、ASOGやUNIFACと状態式を組み合わせた高圧相平衡計算法が 開発6)されており、図3にエタノ−ル〜水系に二酸化炭素を加えた3成分系の相平衡の MHV2による推算結果を示すが、エタノ−ル水溶液の脱水に二酸化炭素は有効な溶剤で あろう。

4.コンピュ−タ支援の溶剤選定4)

 期待される物性を持つ分子を設計するコンピュ−タ支援プログラムが主に製薬関係で使 われているが、分離プロセスの分野でも、分離すべき2成分系の種類と分離法を与えて最 適な溶剤を選定する方法が開発されている。
 考え方は、選定しようとする溶剤の候補となる化合物は無数に考えられるので、いかに して候補化合物の数を減らして、コンピュ−タの計算時間や容量に適用できるようにする かということである。選定法は一般にグル−プ寄与法を用いて、次のステップで行われて いる。
  1. 分子グル−プの選択(結合の手の数により、分子グル−プと末端グル−プに分類)
  2. 中間グル−プと結合して、中間分子構造IMS(Intermediate molecular structure)を合成
  3. 末端グル−プとIMSを結合して、溶剤構造SMS(Solvent molecular structure)を合成
 各ステップの取り扱いや物性の与え方によりいくつかのモデルが提案されているが、興 味深いものにBrignoleらのMOLDES(a group contribution moleculardesign and solvents)7)と GaniらのCAMD(Computer-aided molecular design)8)がある。

 4.1 MOLDES

 MOLDESの目的は液液抽出と抽出蒸留の溶剤選定であり、ステップ(A)では、UNIFACグル−プ対パラメ−タの有無や腐食性、化学的反応性、化学的不活性な溶剤を 生成するグル−プの除去、および操作温度での溶剤の性状(固体、液体)の違いなどで、 候補となるグル−プの数を減少させる。ステップ(B)では、脂肪族、芳香族、シクロア ルカン族などの違いをチェックし、また、(C)では分配係数や選択度以外に、溶剤およ び原系の沸点と密度の違いも重要なチェック事項に入れている。エタノ−ル水溶液の脱水 を液液平衡で行うときの候補化合物の計算結果を図4(a)(b)の4枚のグラフ(選択度、沸点、分 配係数、溶剤損失;矢印の方向にある溶剤が望ましい)で表すが、結局のところ、液液抽 出では適当な溶剤は見つからなかったということが結論のようである。

4.2 CAMD

 CAMDでは抽出、蒸留、ガス吸収を対象とし、低分子物質ばかりでなくポリマ−にも 適用できる利点がある。特に、分離法が違えば対象とする物性も異なるということで、通 常の分離法では沸点、分子量、密度、溶解度、分離度などが重要であるが、冷媒設計では 蒸気圧や蒸発熱も重要であると述べている。
 CAMDの手法は、目的とする物性(P1、P2、P3、...)を与えて、候補となる 成分中のグル−プの数NG、成分中に含まれるグル−プの種類SGとその数NTの最適値 を決めていくのである。先ず、ステップ(A)では、UNIFACで使われているグル−プを 直接他のグル−プと付くことのできる結合手の数によりクラス1〜5に分け、次に各 クラスごとに5つのカテゴリ−に分類する。ステップ(B)では、各グル−プを結合させ て化合物を合成し、(C)で物性を推算する。ステップ(C)では共沸生成条件も使われ ている。CAMDの構造を示す流れ図とCAMDコンピュ−タプログラムの構造を図5と 6に示す。

5.おわりに

 以上、グル−プ寄与法の進歩とコンピュ−タの発達により、分離プロセスの溶剤選定法 がかなり進歩してきたことを述べたが、今後、その基礎となる物性推算法の適用範囲の拡 大と精度の向上が望まれよう。

引用文献

  1. 栃木勝己訳:”化学技術者のための実用熱力学”、化学工業社(1992)
  2. Gmehling, J. J.Menke, J.Krafczyk and K.Fischer: "Azeotropic Data", VCH(1994)
  3. 小島和夫、栃木勝己:ASOGおよびUNIFAC、化学工業社(1986)
  4. 栃木勝己:分離技術、26(6), 35(1996)
  5. 小島和夫:”講演会「分離プロセスの溶剤選定をいかに行うか」”、資料、化学工学会 関東支部(1994)
  6. 栃木勝己、小島和夫:石油学会誌、37(3), 236(1994)
  7. Pretel,E.J., P.A.Lopez, S.B.Bottini and E.A.BrIignole: AIChE J., 40, 1349(1994)
  8. Gani,R., B.Nielsen and Aa.Fredenslund: AIChE J., 37, 1318(1991)

図 1 エタノール(1)〜水(2)系の気液平衡と活量係数(101.3kPa)


図 2 エタノール(1)〜水(2)〜溶剤(3)系の分配係数mAと 選択度(beta)a,b(298K)


図 3 エタノール(1)〜水(2)〜二酸化炭素系の相平衡とMHV2による 推算結果との比較5)


図 4(a) MERDUSによるエタノール〜水系の液液抽出溶剤の選定結果

図 4(b) MERDUSによるエタノール〜水系の液液抽出溶剤の選定結果


図 5 CAMDコンピュータプログラムの構造