温度は細胞の状態を示す重要な指標であり,多様な機能の発現と大きく関わっていると考えられています.それ故,細胞内の特定部位の温度を正確に測ることが出来れば,新しい診断法の確立や,病態細胞の原因特定などに繋げることが可能であると考えられます.以上の背景から,細胞内の温度が測定可能なナノサイズの温度計の開発が活発化しています.
我々の研究室では,光を閉じ込める金属ナノ粒子と,下限臨界溶液温度(LCST)前後でその体積を大きく変化させる高分子(poly(N-isopropylacrylamide: PNIPAM)と,蛍光分子の複合体を精密に合成し,ナノサイズ(100 nm以下)の温度センサーの開発に成功しました.下図のように,金属ナノ粒子(今回は銀ナノプリズムという面白いナノ粒子を用いました)に32℃程度のLCSTを有するPNIPAM高分子を被覆し,その更に外側に蛍光分子(FITC)を化学的に結合させた,言わば三層構造のナノ材料です.32℃以下の温度では,高分子は膨潤した状態なので,FITCと金属ナノ粒子間の距離は比較的離れており,ナノ粒子の光閉じ込め効果によって大きく発光している状態です.しかし,温度が32℃以上に上昇すると,高分子は収縮し,金属ナノ粒子とFITC間の距離が短くなります.こうなると,蛍光分子の持つエネルギーが金属ナノ粒子に吸収されて(エネルギー移動といいます)発光しなくなります.つまり,細胞内の温度を,発光分子の発光強度の変化から読み取ることが可能になる,まさしく温度計なのです.金属ナノ粒子と蛍光分子間の距離をナノメートルオーダーで精密に制御できた結果です.
今後,更なる高感度で様々な温度変化に対応可能なナノサイズの温度計の開発に向けて研究を進めていく予定です.